7/06 コラム(転載)
今週は超ハードワークで試合を観る時間がなかったため、焼きなおして使おうかな、と数年前に別の商業サイトに寄稿していたコラムを引きずりだしてみた。
びっくりした。悲しいというか、笑っちゃうというか。僕の行動パターンがほとんど変わっていないのだ。今でも下手な文章はもっと下手だったんだけれど、面白いのでちょっと修正しながら再掲してみよう。2001年に書いたコラムである。
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気がつくと六月も下旬にさしかかり、梅雨の合間にはぎらつく太陽が道路や土や青草を燃やしはじめた。夏が来た。はっきり言って夏が来た。はっきり言わなくても夏だった!(すんません。ちょっと熱があるもんで…)
夏は好きな季節だ。それはビールが美味しく飲めるからだ。アスファルトの照り返しの暑さにくらくらしながらも、外回りを続けて洗面器二杯分くらいの汗をかいた橙色の夕方に、ジョッキを90度になるくらい傾けてごくごく飲むビールが大好きなのだ。冬に部屋を暑くして飲むビールも好きだけれど、やっぱり、夏に飲む方がぜーんぜん好きなのである。
ということで、今日はビールの話。
ビール好き日本人はごくごくと喉越しでビールを飲む。コピーにも「喉越し爽快!」とかいうのもあるし。けれども、ドイツ人はゆっくりと味わってビールを飲む。僕も基本は喉越し人間なのだけれど、たまに味わいながらゆっくり時間をかけてビールを飲む時もある。これはこれで、けっこうよい。
先日、打ち合わせが早めに終わったので、妻と食事をして帰ろうと思い、地下鉄ヤミクロ線に乗って青山に向かった。外苑前で降りたところで五時を少し回ったところ。彼女の仕事が終わるにはまだ間がある。そこで、目の前にあるオープンスタイルになっているイタリアン・レストランに飛び込み、歩道を眺めることのできる場所に座ってビールを頼んだ。軒先を流れていく涼しい風に本のページをさらさらとめくられながら、急ぎ足で行き交うスーツたちを惚けて眺めつつ、ビールをちびりと飲む。うまい。またちびり。ああ、うまい。特に人がまだ仕事をしている夕方に、自分だけちょっとお先にビールを飲む気分は最高だ。そんな、ちょっとした優越感に浸りながら「今晩は何を食べようかなあ」などと考えてみる。鮨でもつまもうか、イタリアンもいいかな、いっそのこと鈴木正治氏の米える(注:現在はありません)へでも行って旨い酒にでも痺れちゃおうか……。こんな風に時間を使う時に、ビールをちびちび飲るのは楽しい。
まあ、ドイツだったら粗挽の肉汁がたっぷり出てくるソーセージや、発酵具合のいいザウワークラウトとか、燻った薫りの高いプリッツエルなんかがあるのだ。熱々のを頬張りながらちびちび飲む。ううん、ちびちびサイコー!
習慣の違いと言えば、ケニア人はあまり冷たいビールを飲まない。というのは、冷たいビールは身体に悪い、と可哀想な説がケニアでは信じられているからだ。だから、昔は――と言っても17年前だけど「サイディア、ビア、バリディ」(文法はメチャクチャなのだけど、冷たいビールをくださいという意味のスワヒリ語)と言わないと、冷えていないビールを出す店が多かった。まあ、冷蔵庫がない店も多かったんだけれど。
それでも、あたたかいわけではないもので、僕は毎日のようにぐびぐびとビールを飲んだ。海辺の街で、店先のコンクリートに腰をおろして、ヤギ肉の串焼きを食べながら。国立公園内のテントの前でヒヒに人参を狙われながら。首都の24時間営業のバーで夜の組織の総元締めにたかられながら。
この際、はっきり言っておくけれど、ビールはぬるくてもうまい。冷たいともっとうまい。特に暑い季節であれば最高なのである。
このように、僕は夏の夕方のビールをこよなく愛している。というか、夏の夕方にビールを飲まずしてなにをすればいいというのだ? カルピスとかリボンシトロンとかを飲めばいいわけ?
けれども、僕はサッカーを観戦しながらビールを飲むことができない。僕はすぐに酔ってしまうタイプなのだが、酔ってしまうとあのひりつくようなスリルを味わえないのだ。それでは楽しさが半減してしまう。
ビールとサッカーとどちらをとればいいのか。毎年、夏にはそんな葛藤がある。
自分勝手な発言で申し訳ないのだけれど、夏にはサッカーを休んで欲しいんだけどな。だいいち選手も喜ぶと思うのだけれど。
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