2003年1月8日 虚
先日、知人とワンマン・オーナー社長の理不尽さの比較合戦をした。知人は現在勤めている先の社長のこと、僕は昔勤めていた会社の社長のこと。「こんなことがあったんだ」「いやいや、こっちはこんなことが」めくるめく不条理ワールドが手品のように次々と披露されていく。そのうち理不尽な人物像には共通項があることに気づいた。
推進力がものすごいこと。運が強いこと。純粋であること。朝令暮改は朝飯前であること。基本的に他人を信用していないこと。そして、なによりも理不尽さの源としての、全てを引きずり込んでもやまない深い深い暗闇が、まるで暗がりで後ろを振り向いた時にガサッとうごめく見えないなにかのように、ぴったりと欲望の影に貼りついて潜んでいるということ―。
---*------*------*------*---
山本昌邦元日本代表コーチが出版した「山本昌邦備忘録」を読んで、この知人との比較合戦を思い出した。昌邦さんが置かれていた状態はまるで当時の僕だ。そして僕は思った。この日本代表選手の全てを飲み込んでも飽きることのない、ブラックホールのような闇が選手の力を出させたんだろうな、って。暮れあたりにテレビで連発していた宮本の言葉などを聞いていると、闇の持つ搦め手の存在を感じてならない。
---*------*------*------*---
三年位前に、元横浜FC監督の信藤さんに聞いたことがあるのだけど、代表選手というのはプライドの塊なのだそうだ。ジュニアの頃から、ずっとチームのエースであり続け、日本の何十万人というサッカー人口の中の頂点に立ったわけなのだから。そんな肥大した自我を、それほどまでに飲み込んでも崩壊しない闇というのもすごい。言い換えれば、これはひとつの巨大な包容力とも言える。
---*------*------*------*---
ただ、受け入れて崩壊しない器は闇だけではない。ジーコ監督にも選手の力を引き出すべき器がある。宮澤ミシェルいわくの「それは831ゴールの世界」という、サッカーの歴史上でもトップクラスの技術、創造力、実績を持つジーコ監督のサッカー選手的資質。これは日本の選手からみたら青天井だ。選手の能力を引き出す器の資格は十分。現時点でジーコという過去の選手を越えられるような実績を持った選手は日本にはいないのだから。
そう思うと、楽しくなってきた。闇と空の包容力はどちらが優るのだろうか。僕はしばらく楽しむことに決めた。
---*------*------*------*---
理不尽大魔王から引き受けた不条理の数々を披露しあううちに、僕も知人もついにはその憤慨を忘れ、腹の底から笑ってしまった。人は人智を超える理不尽を語るとき、笑いが出てしまうものなのかも知れない。
そんな愉快か不愉快かわからない笑いを続けていくうちに、ふとあることに気がつく。会社の中にはそんなワンマン・オーナー社長の理不尽さが気にならない人たちも少なからず存在するということを。もしかすると、僕たちは自然に不条理の闇に搦めとられて、知らず知らず実力を出していたのかも知れないということを……。 |
|